「クラスターとなる可能性がある」院長の言葉で、全職員の顔に緊張が走った

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8月に院内で新型コロナウイルスのクラスター(感染者集団)が発生した大分市の大分三愛メディカルセンターは、10月1日発行した広報誌で感染が広がっていく過程や最前線で対応に奮闘した姿を明かしました。

県内は7月28日の感染者判明を皮切りに、感染拡大の第2波が発生しました。同院は8月15~19日にかけ、患者や医療スタッフ計6人がPCR検査(遺伝子検査)で陽性と判明されました。
入院中に感染がわかった60代無職男性はがんで亡くなりました。

広報誌によると、同15日午前11時、職員1人の感染がわかり、すぐさま対策本部を設置しました。最初に決めたのは外来や救急、新規入院患者受け入れの停止。地域の人々の来院を「まず止める」以外に選択肢はなかったと記載されています。

夜になって、さらに入院患者2人の陽性が判明する。
「どこかで、1人のみで済むと思っていた部分があった」
さまざまな関係者への連絡が始まった。
医師事務係による予約変更の電話は千件を超え、その作業は深夜にまで及んだ。

18、19日も1人ずつ、職員の新たな感染が告げられます。
同院は3月に発熱患者を受け入れる「かぜ外来」を開設。
防護服着用や院外への専用プレハブ設置など感染対策を徹底していました。
その上での予想外の広がりに、「多くの職員の顔には疲労と恐怖がにじんでいた」。

公表以降、「やはり起こった」のは職員やその家族への差別でした。配偶者の出勤や子供の登園が拒否され、「当時の職員の精神的負担は膨れ上がりました」。

25日、一部の外来診療を再開し、フロアに日常のざわめきが戻ります。
今回の経験を受け、「職員は感染症に対する必要な対応、不必要な対応を身をもって学んだ」

広報誌「さんあい」は2千部製作し、院内や近隣の公民館などで無料配布しています。森義顕病院長は「医療関係者に自分たちの経験を生かしてほしい。記憶が新しいうちに記録として残し、院内での再発も防ぎたい」と話しています。



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